Monthly Archives: 12月 2011

大晦日に振り返るの巻

今年もあと数時間。

今年は色々なコトがあった。ここで語り尽くせない3/11。

たくさんの大切なものが破壊され、失われ、何もできない自分のちっぽけさを痛感した。

一方で、それらに立ち向かい、そして受け入れるこの国の人々とこの国を今までより、少し好きになった。

しょうがない。諸外国のメディアは、この国特有のこの表現を自国の言葉に翻訳できないと報道した。同時に、この国の多くの者が口にするこの言葉こそが、この国の力強さを象徴しているとの記事を読んで、この国の一員であるコトを嬉しく思った。

今年も多くの出会いに恵まれた。
それらの出会いは、仕事も含めて、僕の毎日を豊かにした。その中には、再会という名の出会いもあった。

出会いがあれば、別れもある。

残念ながら、別れもあった。

別れで辛く、悲しく、そして、受け入れ難いのは、死による別れだ。

受け入れ難くとも、受け入れる以外に選択肢はない。

死は誰にでも訪れる。物ごころついたヒトであれば誰もがその事実を知っている。

が、親しいヒトの早過ぎたり、突然の死を受け入れるコトは、誰にとっても耐え難く、でも耐えるしかないコトだ。

でも、つれえなあ。

でも、来年、40を迎える立場としては、受け入れ難いとか言ってる場合じゃないな。

実際、なんだかんだ言ったって、死のその日までは、生きてかなきゃいけないんだから。

この調子だとおそらく、明日を、新年も迎えることができるだろう。

今年一年やって来れたこと、そして無事新年を迎えられることに感謝し、支えてくれてる関係各位、会社の仲間、友達、家族、そして、この生活を認めてくれている妻に感謝しなきゃいけない。

そうだよなあ。

今日も、良いお年をと言いながら、自宅を出てきたけど、子供いたり、いわゆる普通の奥さんだったら、大変なんだろうなと思う。クリスマスイブも、日帰り仙台で帰ってきたの25日だし。(彼女も帰ってなかったけど)

こんな調子であと何年いけるか?
わかんないけど、今更、しょうがない。

行けるところまで、頑張りたいと思いながら、新年をDragonAshのライブで迎えたいと思います。

皆様、良いお年をお迎えください。

「深呼吸する惑星」第三舞台 封印解除&解散公演@紀伊國屋ホール

2011年11月27日18時スタートの公演2日目を観てきました。

第三舞台といえば、紀伊國屋ホールというイメージの方も多いと思います。その紀伊國屋ホールで第三舞台を観ることができるというのは、実に感慨深い。しかも、それもこれが最後だと思うと余計に。

前回観たのは、テアトル銀座で観た「ファントム・ペイン」のですから、ちょうど10年前。10年間封印公演ですから、10年なのは当たり前なんですが、前回の時は、10年間の封印と期限が切られていた。だから、寂しいとは思ったけど、10年後という希望がありました。

今回は、封印解除かつ解散ですから、もう、これが最後。本当に最後。

10年という時間が、彼らをどう変えたのか?それとも、彼らは変わらずにいるのか?果たして変わらないことがよいのかどうかすらわからない。

しかしながら、僕自身は、10年という時間によって、大きく、そして、確実に変化している。

確実に変化した者が、変化したか、変化しているかはわからないものを、10年前と同じように受け入れることができるのか?そして、心から楽しむことができるのか?

10年経って、やっとまた、第三舞台の公演を観ることができるという喜びとともに、かすかな不安を抱えながら、開演も待ちました。

ネタバレとかは嫌なので、結論だけ言えば、彼らは、紛れもなく、第三舞台でした。10年前の封印公演、そして、大学時代、初めて観たときに感じた感動と同じように、そして、それとは異なる何かを与えてくれる公演でした。

もちろん、彼らは変わっていました。

ただ、舞台の上には、現在の第三舞台がいました。10年前の第三舞台とも、20年前の第三舞台とは違っていますが、紛れも無く、第三舞台がいました。

終演し、3回のカーテンコールで、大高洋夫さんの「もう帰ろうよ」の言葉で、鳴り止まない拍手もやっと止まった後で、購入したパンフレットを開いたら、そこには、鴻上尚史さんの言葉ありました。彼が、30年前の旗揚げから言い続けてきた言葉。

その言葉を思い出したら、全て納得できました。

『第三舞台は変わらない。そして、変わり続ける。』